物質波
アインシュタインが1905年に光量子仮説を提唱して以来、それまで波であると考えられていた光が粒子である可能性が浮上してきました。その後、結局の正体は何なのかと研究が進み、光にはマクロで見たときには波動性を大きく示し、ミクロで見たときには粒子性を大きく示すような性質があり、光には二重性があるというところまでが分かってきました。
ド・ブロイは1924年、これに対して、波だと考えられていた光が粒子であるとするなら、粒子であるとされている物質も波としての性質を持ち合わせるのではないか、もしそうであるならどのくらいの波長になるのだろうか、と疑問を持つようになりました。
電流を流すと磁場が発生する、というアンペールの右ねじの法則ののち、じゃあ逆に磁場を動かすと電流が流れるのではないかと疑問を呈して発見されたファラデーの電磁誘導のような科学史を知っていたでしょうから、先人は何にどう疑問を持ち、どう類推しながら科学を進めたらいいのか、という指針が取れるわけですね。
勉強を進めていくと、なぜそうなるのか、本当にそうなるのか、ということを検証したくなったり、きちんと理解しないと前に進めなかったりする人がいますが、ある程度のところで見切りをつけてしまって、先人がいろいろ苦労した結果そうなった、という部分は飲み込んでしまってもいいと思います。先人の生み出した理論は理解しないといけませんが、先人の経験した苦労まで追体験する必要はないかと思います。
アインシュタインの光量子仮説によると、光子はエネルギー\(h\nu\)を光速\(c\)で割った値の運動量\(p\)を持つとしています。式で示すと、
\(p=\displaystyle\frac{h\nu}{c}=\frac{h}{\lambda}\)
ですね。ド・ブロイは考えの類推としては非常に明快なことに、じゃあ運動量\(p\)の粒子がこの式に従えば、波長が
\(\lambda=\displaystyle\frac{h}{p}=\frac{h}{mv}\)
ではないか、と考えました。
要は、\(p=\displaystyle\frac{h}{\lambda}\) が成立するなら \(\lambda=\displaystyle\frac{h}{p}\) だ、ということです。
このような波を物質波と呼びます。あるいは、ド・ブロイの名前を借りてきて、ド・ブロイ波と呼ぶこともあります。
▼物質波(ド・ブロイ波)
\(\lambda=\displaystyle\frac{h}{p}=\frac{h}{mv}\)
\(\lambda\):ドブロイ波長 \(h\):プランク定数 \(p\):粒子の運動量
\(m\):粒子の質量 \(v\):粒子の速さ
電子波
物質波は、粒子の種類によって、電子波、陽子波、中性子波などと呼ばれます。
ここではそのうち、電子波について考えてみることにしましょう。
質量\(m[kg]\)の電子が、加速電圧\(V[V]\)で加速されて運動エネルギーを得たとき、電子の運動エネルギーは
\(K=\displaystyle\frac{1}{2}mv^2=eV\)
と書けるので、式変形をすると
\(mv^2=2eV\)
\(m^2v^2=2meV\)
\(p=mv=\sqrt{2meV}\)
となります。これを物質波の式に代入すると、
\(\lambda=\displaystyle\frac{h}{p}=\frac{h}{\sqrt{2meV}}\)
となります。これが電子波の波長ということになります。
そうは言っても、この波長がどのくらいのサイズ感なのかパっとはわかりません。
イメージを持つために軽く計算しておきましょうか。
仮に\(100[V]\)の加速電圧で加速した電子だったらどうなるか、ということを考えてみます。
問:100[V]の加速電圧で加速された電子の物質波としての波長を求めなさい。ただし、\(h=6.63×10^{-34}[J・s]\)、\(m=9.1×10^{-31}[kg]\)、\(e=1.6×10^{-19}[C]\)とする。
\(\lambda=\displaystyle\frac{h}{\sqrt{2meV}}\) より
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63×10^{-34}}{\sqrt{2・9.1×10^{-31}・1.6×10^{-19}・100}}\)
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63×10^{-34}}{\sqrt{2・91・16×10^{-31-19}}}\)
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63×10^{-34}}{4\sqrt{2・91}×10^{-25}}\)
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63}{4\sqrt{182}}×10^{-9}\)
設定が悪くて、\(100[V]\)だと手計算できなさそうですね。
ここからは電卓がいりそうです。ちょっと力押ししてみましょうか。
\(13^2=169\)、\(14^2=196\)ですので、その間くらいになりそうです。
\(13.5^2=182.25\) これならそのまま使えそうです。
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63}{4・13.5}×10^{-9}\)
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63}{54}×10^{-9}\)
\(\lambda=\displaystyle\frac{6.63}{54}×10^{-9}\)
\(\lambda=12.2777×10^{-9}\)
\(\lambda≒1.2×10^{-10} [m]\)
ということで、\(100[V]\)程度の電圧で実験すれば、だいたい\(10^{-10}[m]\)くらいのサイズ感になるようですね。
これは理科室くらいの機材では測定するのが難しそうです。中世や近世の科学技術では発見されなかったのも不思議ではなさそうですね。
電子波の実証
おまけの話です。
今計算しての通り、電子波の波長はおよそ\(10^{-10}[m]\)となりました。これはちょうど\(X\)線の波長と同じくらいのサイズ感になります。ということは存在を確かめようと思ったら、\(X\)線の回折の実験をすれば、もしかしたら何かが分かるかもしれない、という話の展開になりました。
1927年、デヴィソンとガーマーは電子波を結晶に照射することで回折像が得られることを発見しました。また翌1928年には、日本人の菊池正士らの研究チームも同じく電子の回折像を得ることに成功しています。
実験で検証されてしまえばこっちのもんです。ド・ブロイの理論は類推で導いた創造上のものではなく、現実として粒子と考えられていた電子も波動としての性質を持つと判明しました。