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最速降下曲線

最速降下曲線

地面\(OB\)から高さ\(h\)の点\(A\)がある。この点から摩擦のない曲面上に向かって小球を滑らせて点\(B\)に到達させたい。このとき、曲面をどのような形にすると、小球は最も早く\(AB\)間を移動することができるか。

 

この曲面(曲線)を「最速降下曲線」といいます。

答えを先に言ってしまうと、直線でも円軌道でもなく、サイクロイド曲線という形状になります。

 

答えが分かっている問題の中でも面白い部類の設問で、数学でもサイクロイド曲線の一例として紹介されますが、残念ながらきちんと解こうと思うと、高校の数学範囲を逸脱してしまうため、高校では習わない範囲となります。

 

別解はいろいろ作れるでしょうが、ここでは王道の方法として、「オイラー・ラグランジュ方程式」という偏微分方程式を利用して解きます。数式を理解するというより、あぁ何か解き方はあるんやな、というくらいの感覚で読んでもらえればと思います。

 

微小距離だけ進んだときにかかる時間

最速で落下する曲線\(AB\)は、はじめ、どのような形状か分かりません。直線の可能性もありますし、一部は直線、一部は曲線、という可能性もあります。もちろん全長にわたって曲線である可能性もありますね。一つ明確なのは、コースが連続でなければいけない、ということです。

 

なので、コースは曲線である想定をして図を描いておきました。

点\(A\)を原点として、右向きを\(x\)軸の正の向き、鉛直下向きを\(y\)軸の正の向きとしておきます。

 

このコース上を小球が滑っていきますが、微小距離だけ進んだとき、その経路はほぼ直線であるとみなせます。

 

いま、降下中の点\(P\)にある小球について考えてみましょう。

水平方向に\(dx\)だけ進む間に鉛直方向に\(dy\)だけ落下しているとして、三平方の定理より

 \(\sqrt{dx^2+dy^2}\)

だけ進みます。

 

この点における小球の速さは、力学的エネルギー保存則より、

 

 \(mgy=\displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)

 

 \(v=\sqrt{2gy}\)

 

となり、微小距離だけ進む間には加速するほどの時間が与えられないので、同じ速さであるとみなせます。

 

よって、距離\(\sqrt{dx^2+dy^2}\)を、速さ\(v=\sqrt{2gy}\)で降下する微小時間\(dt\)は

 

 \(dt=\displaystyle\sqrt{\frac{dx^2+dy^2}{2gy}}\)

 

となります。最速降下曲線は、この時間を全経路にわたって足し合わせた

 

 \(T=\displaystyle\int dt=\int_0^x\displaystyle\sqrt{\frac{dx^2+dy^2}{2gy}}\)

 

の値が最小となる時間を考えればいいことになります。

\(x\)と\(y\)はともに変化しますが、\(x\)軸側が等速度運動で、\(y\)軸側が加速度運動ですので、\(x\)を独立変数として、\(y\)は\(x\)が変化するごとに値が決まる従属変数 \(y(x)\) と考えることにします。

 

高校範囲の知識でわかるのはここら辺までです。

 

オイラー・ラグランジュ方程式

 \(T=\displaystyle\int_0^x\displaystyle\sqrt{\frac{dx^2+dy^2}{2gy}}\)

 

を少し式変形しておきます。

 

 \(T=\displaystyle\int_0^x\displaystyle\sqrt{\frac{1+(\frac{dy}{dx})^2}{2gy}}dx\)

 

 \(T=\displaystyle\int_0^x\displaystyle\sqrt{\frac{1+y'^2}{2gy}}dx\)

 

\(2g\)は定数なので、いったん置いといて、式の主軸になる部分だけ考えることにします。

 

 \(f(y,y')≡\displaystyle\sqrt{\frac{1+y'^2}{y}}\)

 

として、これをオイラー・ラグランジュ方程式

 

 \(\displaystyle\frac{\partial f}{\partial y}-\frac{d}{dx}\frac{\partial f}{\partial y'}=0\)

 

を使って解いていきます。\(y\)と\(y'\)が独立な関数として扱われますので、\(1+y'^2\)などの式は\(y\)に対して定数扱いされます。

項別に偏微分してみると、

 

 \(\displaystyle\frac{\partial f}{\partial y}=-\frac{1}{2}(1+y'^2)^{\frac{1}{2}}y^{-\frac{3}{2}}\)

 

 \(\displaystyle\frac{\partial f}{\partial y'}=y^{-\frac{1}{2}}(1+y'^2)^{-\frac{1}{2}}y'\)

 

 \(\displaystyle\frac{d}{dx}\frac{\partial f}{\partial y'}=-\displaystyle\frac{1}{2}y^{-\frac{3}{2}}y'^2(1+y'^2)^{-\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}}y''(1+y'^2)^{-\frac{1}{2}}-y^{-\frac{1}{2}}y'^2y''(1+y'^2)^{-\frac{3}{2}}\)

 

となりますので、オイラー・ラグランジュ方程式に代入すると、

 

 \(-\frac{1}{2}(1+y'^2)^{\frac{1}{2}}y^{-\frac{3}{2}}+\displaystyle\frac{1}{2}y^{-\frac{3}{2}}y'^2(1+y'^2)^{-\frac{1}{2}}+y^{-\frac{1}{2}}y''(1+y'^2)^{-\frac{1}{2}}-y^{-\frac{1}{2}}y'^2y''(1+y'^2)^{-\frac{3}{2}}=0\)

 

両辺を \(2y^{\frac{3}{2}}(1+y'^2)^{\frac{3}{2}}\) 倍して、

 

 \(-(1+y'^2)^2+y'^2(1+y'^2)-2yy''(1+y'^2)+2yy'^2y''=0\)

 

 \(2yy''+y'^2+1=0\)

 

となりました。

 

オイラー・ラグランジュ方程式を解き進める

ここで、\(y'≡p\)とします。

すると、

 \(y''=\displaystyle\frac{d}{dx}p=\frac{dp}{dy}\frac{dy}{dx}=y'\frac{dp}{dy}=p\frac{dp}{dy}\)

と変形できますので、

 

 \(2yy''+y'^2+1=0\) は、

 

 \(2yp\displaystyle\frac{dp}{dy}=-(p^2+1)\)

 

となります。これを\(p\)だけの項と\(y\)だけの項になるように変数分離すると、

 

 \(\displaystyle\frac{p}{p^2+1}dp+\frac{1}{2y}dy=0\)

 

となるので、両辺を積分して、積分定数を\(C\)としておくと、

 

 \(\displaystyle\int\frac{p}{p^2+1}dp+\int\frac{1}{2y}dy=C\)

 

 \(\displaystyle\frac{1}{2}log(p^2+1)+\frac{1}{2}log|y|=C\)

 

 \(y(p^2+1)=C\)

 

となります。

\(p=y'>0\)なので、ルートにするときはプラスの方だけを選べばよくて、

 

 \(p=\displaystyle\frac{dy}{dx}=\sqrt{\frac{C-y}{y}}\)

 

よって、

 

 \(dy=\displaystyle\sqrt{\frac{C-y}{y}}dx\) \(dx=\displaystyle\sqrt{\frac{y}{C-y}}dy\)

 

です。

これはどんな曲線を表しているのか

この結果を受けて、あぁなるほど、となる人もいるかもしれませんが、私にはまったく形が見えてきませんので、もう少しはっきりした形が出てくるように式変形していこうと思います。ちょっと積分定数に協力してもらいます。

 

\(y≡CY\)、\(x≡CX\)とすると、\(dy=CdY\)、\(dx=CdX\)なので、

 

 \(CdX=\displaystyle\sqrt{\frac{CY}{C-CY}}CdY\)

 

 \(dX=\displaystyle\sqrt{\frac{Y}{1-Y}}dY\)

 

こうすると積分定数をいったん消滅させることができますね。

 

ここで、\(Y=\sin^2\theta\)とすると、\(dY=2\sin\theta\cos\theta d\theta\)なので、

 

 \(dX=\displaystyle\sqrt{\frac{\sin^2\theta}{1-\sin^2\theta}}・2\sin\theta\cos\theta d\theta\)

 

 \(dX=\sin\theta・2\sin\theta d\theta \)

 

 \(dX=2\sin^2\theta d\theta \)

 

 \(dX=(1-\cos2\theta) d\theta \)

 

 \(X=\displaystyle\int(1-\cos2\theta) d\theta \)

 

 \(X=\theta-\displaystyle\frac{1}{2}\sin2\theta+C'\)

 

\(C'\)は積分定数です。

ですが初期条件を考えると、\(\theta=0\)のときには小球は原点にいますので、\(x=y=0\)となり、\(C'=0\)です。

 

結局、

 

 \(X=\theta-\displaystyle\frac{1}{2}\sin2\theta\)

で、

 \(Y=\sin^2\theta=\displaystyle\frac{1-\cos2\theta}{2}\)

 

です。

だいぶ見えてきましたよ。

 

\(2\theta≡\alpha\)として、式を軽くしてやって、見えないふりをしていた最初の積分定数を戻してやると、

 

 \(x=CX=C・\displaystyle\frac{\alpha-\sin\alpha}{2}\)

 

 \(y=CY=C・\displaystyle\frac{1-\cos2\theta}{2}\)

 

となり、

 

 \((x,y)=\displaystyle\frac{C}{2}(\alpha-\sin\alpha,1-\cos2\theta)\)

 

ですので、これは「サイクロイド曲線」になっていると示されたことになります。

 

 

 

小球を斜面に転がすときには、サイクロイド曲線にすることで最短時間で転がり切るようです。

直線状でないことはなんとなくイメージできていましたが、円軌道にするでもなく、最初に自由落下させておいて地面すれすれで滑らかに水平移動できるようなコースにするでもなく、なんとも絶妙なカーブになりました。

 

確かに。いわれてみればという感じです。