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振り子の等時性

単振り子

図のように、長さ\(l\)の軽い糸の先に質量\(m\)のおもりをつるして、小さい振れ角で単振動させてやると、おもりは水平面上を往復運動しているとみなせます。

 

近似計算の末、その周期は

 

 \(T=2\pi \displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\)

 

となることが高校物理の範囲で知られています。

ですが、実際はおもりの軌道は円軌道ですので、より厳密に考えれば値は異なるはずですね。

これについて考えてみようと思います。

 

円軌道上を動く小球の単振り子

振り子の最下点を基準面とすると、振り子が角\(\theta\)の点を運動しているときの位置エネルギーは

 

 \(U=mgl(1-\cos\theta)\)

 

となります。また、運動エネルギーは、

 

 \(K=\displaystyle\frac{1}{2}mv^2\)

 

  \(=\displaystyle\frac{1}{2}m(l\omega)^2\)

 

  \(=\displaystyle\frac{1}{2}ml^2\left(\frac{d\theta}{dt}\right)^2\)

 

で与えられるので、振れ角\(\theta\)の最大値の\(\theta_0\)とすると、力学的エネルギー保存則から、

 

 \(mgl(1-\cos\theta_0)=\displaystyle\frac{1}{2}ml^2\left(\frac{d\theta}{dt}\right)^2+mgl(1-\cos\theta)\)

 

となります。これを\(\theta\)について解いて、

 

 \(\displaystyle\frac{d\theta}{dt}=\pm \sqrt{\frac{2g(\cos\theta-\cos\theta_0)}{l}}\)

 

と変形すると、\(\theta\)に関する非線形の微分方程式となります。

おもりが\(\theta_0\)から\(\theta\)まで移動するのに要する時間が\(\displaystyle\frac{1}{4}T\)であることを利用して変数分離を行い、それを積分すると、

 

 \(\displaystyle\int^{\theta_0}_0\frac{d\theta}{\sqrt{\cos\theta-\cos\theta_0}}=\int^{\frac{T}{4}}_0dt\sqrt{\frac{2g}{l}}=\frac{T}{4}\sqrt{\frac{2g}{l}}\)

 

となります。さらに変形すると、

 

 \(T=4\displaystyle\sqrt{\frac{l}{2g}}\int^{\frac{\pi}{2}}_0\frac{d\theta}{\sqrt{\cos\theta-\cos\theta_0}}\)

 

となります。ここで、第一標準形の完全楕円積分の形が現れますが、この積分操作は変数を扱いやすいものに置換した上に級数展開して無理やり計算することになります。

 

そこの計算をちょっと省略させてもらって、結論として、級数展開したもののうち第3項くらいまでを使うことにします。

すると、

 

 \(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\left(1+\frac{1}{4}\sin^2\frac{\theta}{2}+\frac{9}{64}\sin^4\frac{\theta}{2}\right)\)

 

となります。

この式において、第1項が高校物理で扱われるように近似導出したときの物理量を意味していて、第2項からあとは、高校範囲においては小さすぎるからゼロとする、とみなしていた部分に相当します。

 

仮に\(\theta\)が十分小さければ、\(\sin\theta≒\theta\)と近似できますので、

 

 \(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\left[1+\frac{1}{4}\left(\frac{\theta}{2}\right)^2+\frac{9}{64}\left(\frac{\theta}{2}\right)^4\right]\)

 

  \(=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\left(1+\frac{\theta^2}{16}+\frac{9\theta^4}{1024}\right)\)

 

となり、ぱっと見でも有効数字の範囲外になるような小さな数字であることが分かります。

 

等時性の成立範囲

仮に、振り子の往復をストップウォッチで測定したとします。

ふつう市販されているストップウォッチは\(0.01s\)まで測定できると思いますが、測定者の測定技能が\(0.01s\)の正確さではありません。訓練を積んでいなければ高々\(0.1s\)程度でしょう。ですが、振り子の往復回数を例えば20往復などにしてやると、精度を20倍にすることができますので、1往復あたりの誤差は\(0.005s\)程度に圧縮することができます。

 

 

■20往復実験

 

\(\theta\)が\(15°\)くらいのとき、\(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\)と、\(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\left(1+\frac{\theta^2}{16}+\frac{9\theta^4}{1024}\right)\)のときとの差が\(4.3×10^{-3}s\)くらいになります。

 

なので、往復回数20回の精度の実験をする場合は、振れ角\(15°\)では「十分小さい角度」とは言えなくなります

 

 

■100往復実験

 

往復する回数を100往復にすれば\(0.001s\)くらいの精度にすることができますね。

 

\(\theta\)が\(10°\)くらいのとき、同様に、\(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\)と、\(T=2\pi\displaystyle\sqrt{\frac{l}{g}}\left(1+\frac{\theta^2}{16}+\frac{9\theta^4}{1024}\right)\)のときとの差が\(1.0×10^{-3}s\)くらいになります。

 

なので、往復回数100回の精度の実験をする場合は、振れ角\(10°\)では「十分小さい角度」とは言えなくなります

 

 

■1000往復実験

 

往復する回数を1000往復にすればストップウォッチの誤差は\(0.0001s\)くらいの精度になります。

 

\(\theta\)が\(3°\)くらいのとき、近似式と円軌道上での周期の式の差は\(1.0×10^{-4}s\)くらいになります。

 

なので、往復回数1000回の精度の実験をする場合は、振れ角\(3°\)が「十分小さい角度」の目安となるでしょう。

ただ、このくらいになってくると、もはやストップウォッチ以外の誤差の影響がよっぽど大きくなっているでしょうから、別の考察をする必要があります。

 

 

誤差の考察

仮に、糸の長さを\(1m\)程度にし、これを\(0.1mm\)の桁まで厳密に測定して実験したとします。

 

往復回数は20回、振れ角は10°くらいの狭い幅にしたとします。これは、\(1m\)のおもりに対して、グー1個分くらいしか振幅を取らない程度の振れ幅ですので、結構小さいですよ。おもりの軌道は左端から右端までグー2個分ですね。

 

そんな振れ幅で実験したとしても、おもりにはある程度の大きさがありますので、円軌道を動いているのであれば、おもりそのものがわずかではありますが回転させるためのエネルギーに幾分かが分配されるはずです。

そうですね。直径が\(3cm\)くらいのおもりを使っていることにしましょうか。親指と人差し指でマルをつくったくらいのサイズのおもりで実験したということにしておきます。

 

さらに、わずかではありますが空気抵抗も影響を及ぼしている可能性もありますね。完全に水平軌道であれば、空気抵抗は振幅を小さくするはたらきはあれど、往復時間に影響を及ぼすことはないかもしれません。ですが、実際にはわずかに円軌道を描いていますので、空気抵抗の影響も少しくらいはあるかもしれません。

 

さて、長い長い計算になるので省略しますが、上の条件を適用して重力加速度を求めたとしたら、どのくらいの精度で誤差の影響が現れるのか、仮計算してみましたよ。

すると、誤差として現れる桁は次の通りになりました。

 

・ストップウォッチによる測定誤差 : \(10^{-2}[m/s^2]\)の桁

・円軌道上を動く振れ角による誤差 : \(10^{-3}[m/s^2]\)の桁

・糸の長さの測定精度に関する誤差 : \(10^{-4}[m/s^2]\)の桁

・おもりが回転することによる誤差 : \(10^{-5}[m/s^2]\)の桁

・わずかな空気抵抗による測定誤差 : \(10^{-7}[m/s^2]\)の桁

 

また、重力加速度の数値が、どんな物理現象によって変わってくるかを並べて書いてみると、

 

\(10^{-2}[m/s^2]\)の桁 : 緯度や標高により変化する桁。時間的な変化はない

\(10^{-3}[m/s^2]\)の桁 : 緯度や標高により変化する桁。時間的な変化はない

\(10^{-4}[m/s^2]\)の桁 : 地下構造に関する情報が分かる桁

\(10^{-6}[m/s^2]\)の桁 : 月や太陽の潮汐の影響が現れる桁。測定高度を\(1m\)変化させると、約\(3\)程度数値が変わる

\(10^{-7}[m/s^2]\)の桁 : 地殻変動や地下水、マグマの移動の影響が分かる桁

 

となります。

 

これをふまえると、理科室での実験や、授業内で行う実験であれば、糸の長さを少々間違えて測定しても、\(1m\)くらいの長さであればあまり大きい影響にならずに済む一方で、ストップウォッチの測定誤差は大きく表れてしまうため、往復回数か測定回数は想定しているより一桁多い回数で測定する方が正確なのかもしれませんね。

 

そして、肝心の「振れ角を十分小さくする」という角度は、およそ10°くらいでも実験には耐えうる精度になりそうですので、目安として、\(1m\)の糸に対してグー1個分くらいであれば、「十分小さい角度」とみなせるでしょう。